登場人物
アルバート・バルバリゴ
本作の主人公。商業都市国家ヴェンス市の貴族の一員。普段は近海の警備艦隊を率いる。今回、謎の嵐を追う調査船団の船団長に任命された。
ロドリゴ船長
大型ガレー船『ネオラントの女王』号船長。引退しても良い歳だがいまだに現役で船を率いる。また、唯一の肉親の孫娘をいつも乗船させている。
ミハイル隊長
『ネオラントの女王』号に乗船するポケモン傭兵団の隊長。デンリュウを相棒としている。彼の指揮下の傭兵達も、カイリキーやオーダイルなどのポケモンを引き連れている。
ヨロズ
遠く東の地、カントーと言う所からの旅人。晴れをもたらす技を持つというヘルガー達を連れている。
アンドレア船長
商業都市国家ゲノファ市の貴族階級出身。大型帆船『お護りコイン』号船長。貴族の身でありながら奇癖のせいで海に出るしかなくなった。
司祭
ポケモン教会の司祭。仲の悪いヴェンス市とゲノファ市の合同調査船団の調停役として船団に同行する。他教や異端、邪教と言われるようなものの教義についても詳しい。
マーカス局長
ゲノファ市の元船乗り。豊富な航海経験を買われて調査事務局の事務局長に任命された。ただ、優秀な部下達が仕事を全て片付けるので、本人は判子を押すくらいしかすることがない。
シャルル・ド・カロス
カロス地方から嵐を退治しに来たという、脳筋の騎士。騙されて海賊に捕まっていた所を救助される。
0.プロローグ
これはモンスターボールなんて言うものがなかった中世の話。人もポケモンも、お互いの認め合う心だけでつながっていた時代のお話……。
メディリアン海。
この海は古代文明の時代から、人々の交流の場として東西を結んでいる。
この広大な内海は古代文明の湖と例えられていた。ただ、その古代文明も滅んでからは、東西の強国やその間に挟まれた都市国家たちが時に争い、時に手を携える。そんな時代のある小さな島が事の発端だった……。
メディリアン海東部に浮かぶクヮルフ島。商都として有名なヴェンス市の海外領で、東部海域での中継港を担っていた。
ここ数日降り続いた雨は、夜に入ると流れ落ちる大瀑布のごとく降り、風は全てのものを残らず彼方へ連れ去っていった。
島は雨に流され波に削られ、家々は沖合に流され多くの人命が失われていった。
生き残った人々は少しでも高い場所に逃げようと、丘の上に立つ対異教徒用要塞の塔の中へ逃げ込んだ。
翌朝、同じ嵐で傷ついた帆船が一時の休息場所を求めて島にたどり着いた。
しかし、そこには傾いた塔が海上に突き出ているだけだった。
塔の上には消耗しきったわずかな生存者、そして塔の周りには物言わぬ島の住民たちが瓦礫の合間に漂っていた。島は一夜にして流され、辛うじて丘があった所の地盤だけが水面下に残されているだけだった。
商都ヴェンス市の東部海域での重要な島が、一夜にして消え去ってしまった。
その後、この近海では船が沈み、嵐が頻発し、そして多くの命が海へ帰って行った。
1.航海者たち
傷ついた帆船はゲノファ市章の入った旗を高く帆柱に掲げ、ヴェンスの街に入港してきた。
そして、その時から私の波乱に満ちた冒険談はスタートした。
クヮルフ島が流されたという一報は、傷ついた帆船が港に入ってくるや直ぐさま元老院に伝えられた。
ゲノファ市はこのヴァンス市のライバル都市で、両都とも東西交易を行う商業都市国家として名をはせている。普段お互いの街の人が顔を合わせれば喧嘩が絶えないと言われているが、今回ばかりは喧嘩どころではない。入港してきた帆船の乗組員や島の生存者達から入念な聞き取りが行われた。
海洋交易都市のヴェンスとゲノファはこの数百年、交易ルートの支配圏を巡ってしのぎを削ってきた。お互い交易額で勝負をし、戦争ともなると相手の交易ルートを襲ったりしていた。そんな間柄の彼らでも、島一つ流れる嵐という前代未聞の非常事態が、争いをしている場合ではないと告げている事は商人として生きる彼らにはわかっている。
そして、数日たたずに次々と東部海域での船の遭難の話や、手のつけようのない嵐の話が帰港した船たちからもたらされる。同様の情報はゲノファ市にも入ってきていて、両都の商人や船乗りを恐れさせただけでなく、両政府とも交易に経済が依存しているので死活問題として昼夜対策会議が開かれている。そして、ここは互いに協力して情報を共有し対処する。そう言う結論にたどり着き、条約が交わされた。
なぜなら、この嵐が一匹の強大なポケモンによってもたらされているらしいからだ。とても、片方の力だけでは対処できない。そんな理由によって、両都はまず調査船団を派遣すると言うことになった。
前置きが長くなったが、ここで私アルバート・バルバリゴが登場する。
元老院議員を兄に持つ私は、貴族の務めとしてその下部組織である国会には議員として籍を置いていた。近海警備船団を率いると言う仕事上、街を空けることが多いので普段国会には出ることは少ないが、今回ばかりは臨時国会に呼び戻された上でヴェンス・ゲノファ両市合同調査船団の船団長に選出された。
早速、翌日から仮本部の設置されるゲノファ市へ向かうべく、率いていく船の準備に追われる。船団長はヴェンス市。調査事務局長はゲノファ市。そして、間にポケモン教会が入ることで組織を円滑に動かせるように配慮された。人選も互いにもめ事を起こさないように慎重に選ばれた面子がそろえられた。が、癖のあるゲノファ人と堅実固守のヴェンス人…。私にまとめる事はできるのだろうか?と、ゲノファに向かうヴェンス船の上でふと考えてしまう。
今回私と共にゲノファに向かうこの大型ガレー船は、ロドリゴ船長率いる『ネオラントの女王』号。百戦錬磨の老船長の人気はヴェンス一と言われていて、先日の乗員募集に私も立ち会ったが、危険が伴う航海にもかかわらず定員の10倍もの漕ぎ手や船員が殺到した。
また、今回は強力なポケモンとの戦闘も予想されるので、ポケモン傭兵団も最高の逸材が集められた。デンリュウ使いのミハイル隊長を筆頭に、カイリキーやオーダイル等のポケモンを使う歴戦の戦士たちが乗船している。他にも『天候を変えるヘルガー』を複数連れた遠く離れた地方からの旅人も、調査後に東の地へ船で送り届けるのを条件に調査に参加してくれている。
そして、ちょっと変わった存在は、ロドリゴ船長の孫娘のミナだろう。数年前に船長の家族が伝染病で亡くなってしまい、それ以降一人にするよりかはと思い何時も連れているという。非常に無口でよく後部の船尾楼に立っている。だが、ポケモンたちとは仲良くなるのが早いみたいで、仕事がなくて暇そうに甲板をうろついている傭兵団のポケモンや、船付きのポケモンたちと出港後にすぐに打ち解けていた。
今を生きる読者の皆様には、この時代ポケモンを使えるかはポケモンとの信頼関係をどう築けるかにかかっているかという事を理解してもらいたい。モンスターボールもなく、大抵の人は飼いやすいポケモンを連れているだけで、バトルが強い凶暴なポケモンや気難しいポケモンを連れるには、自身の鍛錬やポケモンとの相互理解などハードルが多いという事を。
さて、話は脱線したが、ゲノファに向かう大型ガレー船『ネオラントの女王』号はこのようなメンツで一路ゲノファを目指しメディリアン海を南下している。
2.ゲノファの天才たち
『ネオラントの女王』号の目指すゲノファには、調査事務局長のマーカス局長にポケモン教会の司祭と、『風読みの船長』ことアンドレア船長率いる大型帆船『お護りコイン』号を筆頭に、快速ガレー船の『バネブーの真珠』号と『疾風ギャロップ』号が待ち構えている。
ゲノファの船乗りたちは鳥ポケモンを飼うことが多く、ポケモンと共に風を読むことで他のどの船乗りたちよりも早く船を進める天才たちだ。そんな風読み達の中ですら『風読み』と呼ばれるアンドレア船長は、天才の中の天才と言ってもいいかもしれない。
それぞれ、最高の人材を投入した謎の嵐を引き起こすポケモンの調査。
調査開始前から部下だった船乗り達から、嵐を起こすというポケモンについて何か聞いたことはないか聞き取りをしてみた。
『提督、ギャラドスじゃねえですか?あの凶暴さ。出会ったときは死んだかと思いやしたぜ…』
『自分は、その…。キングドラだと思います。嵐の海で見たあいつの強さは一味違いました』
『サメハダー。多分、そんな気がするんでやんす』
と、皆凶暴で有名なポケモンが候補に上がった。ただ、大学で古典を学ぶ古くからの知人は。
『すごい昔の古典に出てくるポケモンがいるんだが、その昔に嵐を起こし海を広げたという奴がいるそうだ。ただ、今その話が広まっていないのは、ポケモン教会の天地創造の神話と相反するかららしい。俺はどうも、こいつが怪しいと思う』
そう言っていた。
実際、知人の言うことが本当なのかもしれないし。とてつもなく強いギャラドスやキングドラ達の仕業なのかもしれない。本当のところはわからないが、私や同行するこの船のみんなにとっても未知の出来事ではある。
そんな思索を船尾楼の手摺にもたれかかりながら、考え続けること一週間。我々はゲノファ市の港に入港した。
『船団長は市庁舎へ』
入港するなり、呼び出しが。ロドリゴ船長とミハイル隊長と共に市庁舎に向かう。
市庁舎の一角には調査事務局の部屋ができていて、10人ほどの男達が思い思いに仕事をしていた。
「ようこそゲノファへ!会議の準備ができているので奥の部屋に進んでください」
部屋に入るなり、窓際で書類一式と睨めっこしていた小太りの男が顔だけこちらに向けると、羽ペンの先で奥の部屋を示してまた自分の仕事に戻ってしまった。他の男達も周りを気にせず、ものすごい勢いで仕事を片付けている。
紙をめくる音だけの部屋に、我々三人は少し気味の悪さを覚えつつ示された部屋の扉を開ける。
奥に部屋には…、少し…いや結構困惑した顔の司祭と、鳥ポケモンを口説いている年若い男に、水夫用のハンモックを吊り下げてそこで寝入っているいかにも元船乗りといった感じの老人。
3.海行かば
船が出港準備に入っている間は船団長として特に大きな仕事はない。
書類をチェックしたり各船の見回りとかがあるけども、優秀な人材が集められているとだけあって不備という不備は見当たらない。出港二日前にはあらかた準備は終わって、非番の乗組員は街で羽を伸ばして英気を養っている。
私も会議の時位しかまともに顔を合わせない調査事務局の首脳部面々と、『お護りコイン』号の船長室でささやかな酒宴を開いている。
「みんな!無理を言ってごめんね。僕のハニーを船において出かけるなんて、ハニーに怒られちゃうから。ねえ、エカテリーナ?」
この人は『お護りコイン』号船長のアンドレア船長…。天才と変人は同居すると言っても良いだろうと誰もが思う人だ。自分のピジョットに惚れ込んでいるらしいのだけど、酒が進むにつれて周りに対する遠慮がなくなってきている…。
マーカス局長は無視を決め込んでいるので、我々もならってアンドレア船長は居ないものとして会食をする事にした。
「ところで司祭の名前を聞いていなかったですな?」
ロドリゴ船長が隣に座る司祭にふと質問をする。普段、『司祭』としか呼ばれないし、自分でも『大都の司祭です』としか言わない。
「私は世俗を捨てた身ですので、司祭と呼んでいただければ結構です」
「うーん。左様ですか……」
…この会食、話が噛み合わない。仕方ない、共通の話題で無理やりコミュニケーションを図ろう。会議の時はここまで酷くはないのだけど……。
「会議で話に上がらなかったので、みなさんにお聞きしたいのですが。噂で、超古代の海を広げたというポケモンが今回の嵐の原因じゃないかと、聞いたのですがどう思われますか?」
「僕もその噂なら聞いた事あるよ」
相変わらず、ピジョットのエカテリーナと戯れ合いながらもアンドレア船長が話の輪に戻ってくる。
「東の異教徒たちよりも、さらに東に住むという人々の間で語り継がれているらしいのお」
「我々船乗りの間じゃ何度か耳にする、我々とは違う神話だな」
ロドリゴ船長とマーカス局長は、長年この海に携わっていただけあってここにいる誰よりも話は詳しそうだ。
「たしか、大地の神が陸を広げようとし大海の神が海を広げようとして、それぞれ遣わしたポケモンがいた話じゃな」
「二匹のポケモンは力の限り戦い、お互い力尽きて眠った。そんな話だったな」
二人の老いた船乗りがそれぞれ知識を披露する。
「ん〜。少し違いますね」
と、ここまで出番のなかった人物が口を挟む。彼は、天候を変える力を持つというヘルガーたちを連れた旅人で、首脳部ではないのだけれどよく会食を共にする。名前をヨロズと言う。
「神話ではなく、ポケモンに関する伝説です。お互い自分の住処を広げようとした二匹のポケモンが、片方は大地を広げもう片方は海を広げたのですが。そこに住む生ける者達にとって迷惑この上なかったので、皆で二匹を鎮めるという宝玉を使ったところ二匹はそれぞれ帰って行ったと言う話ですね」
遠く東のカントーと言う地から来ただけあって、説得力を感じる。
「宝玉……」
「司祭?何か心当たりでも?」
「その昔に秘めたる力を封じたという、邪教の宝玉を総司教から密かに賜ったのですが。『いざという時以外箱から出してはならぬ』と仰られたので、中を確認してないのです。ただ、邪教の物とは言え、賜ったということは何か関係があるのかもしれないです」
何かこれは今回の航海のヒントになる話が聞けたのじゃないだろうか?
「いざっていうのが気になるねえ。まあ、時化た話をしていても仕方ないよ?みんな飲もうよ!」
ピジョットと戯れ合いつつも、話を聞いていたアンドレア船長。時化た話以外で盛り上がるとは思えないが、ここは飲まねば損……。
4.水漬く屍
話は飛んで、海へ出て1週間後。
事務局に残るマーカス局長と別れ、この一週間我々4隻はひたすら嵐を求めて東へ進んだ。船足の速い『バネブーの真珠』号や『疾風ギャロップ』号が、代わる代わる前へ出ては進路前方の確認をしてくれている。
途中、嵐の直撃を受けた船とすれ違いながら進路を修正して移動している。嵐自体がクヮルフ島を中心に一定の範囲を動いているようで、我々も自然とクヮルフ島を目指して進む形になった。
日没の合流には速い時間。
「信号弾ー!」
マストの上の見張りが水平線上を先行する『疾風ギャロップ』号からの信号弾を伝えてきた。すぐさま、ロドリゴ船長が望遠鏡を水平線上に向ける。私やミハイル隊長の目にもかすかに丸い水平線の上に緑色の靄が見えた。
「緊急警戒警報!総員戦闘配置じゃ!!」
船長の叫び声と共に、船尾の鐘がけたたましく鳴らされる。それと同時に、思い思いに寛いでいた船員や漕ぎ手たちが持ち場に走っていく。同様に『お護りコイン』号や『バネブーの真珠』号でも戦闘配置に着く船員たちが走り回っていた。
「防盾用意!!」
「装填急げ!!砲門開け!!」
「銃を上げてくれ!!」
「砂を撒け!!」
「弩兵は船首へ!!」
「番号!!」
ありとあらゆる怒号が船上を駆け巡る。しかしそれも一瞬。クロノメーターの秒針が一周する頃には、各船とも静寂に包まれマスケット銃や弩、海戦用の槍、手斧などを携え皮鎧を纏った男たちが緊張した面持ちで前方の海を見渡している。
漕ぎ手にリズムを示す太鼓のリズミカルな音だけが海上に響く……。
「前方に『疾風ギャロップ』号!!その後方に、ポケモンの群れです!!」
各船の見張りの大声だけが静寂を破る。
「どうするかの、船団長?」
「各船に通達。群れとの衝突コースから外れるように進路を変更。『疾風ギャロップ』号に『最短進路で群れから離れろ』と信号弾を上げろ」
「了解ですじゃ。それが良いでしょうな」
「『疾風ギャロップ』号から返信。『了解した。ポケモンは狂乱状態。まっすぐ進むだけ』です!!」
「狂乱?」
「何かあったのか?」
右舷側の手摺から前を伺っていたヨロズとミハイル隊長は、まだ目視できないポケモンの群れに向かって疑問を投げかける。二人は普段からポケモンと接しているだけに気にかかるところでも合うのだろう。
「何か疑問点でも?」
「いや単純に、多くのポケモンが一度に混乱状態になるなんて珍しいと思ってな」
私の質問に、ミハイル隊長は視線を動かさずに答えた。
「よほどの恐怖を味わって、我を忘れているんでしょうか?」
と、こちらはヨロズ。
「野生のポケモンが、そこら辺の人間に恐怖心を覚えることはあまり聞いたことはないしな……」
「私もないですね」
ミハイル隊長とヨロズはそれぞれ自分たちのポケモンの顔を覗き込む。
「天変地異の前触れだろうか?」
空の様子をじっと眺めるデンリュウの顔を見ながらミハイル隊長はつぶやく。
「今回は嵐の前触れかな」
私もそう言いながら、空を眺める。雲の流れは早いが天気快晴。我々の探す嵐が本当にあるのか疑問なくらい良い天気だ。
「航海日数的にそろそろでしょうが、風読みの船長さんが何も言ってこないところを見ると、まだ嵐は遠いようですが、ポケモン達には感じるところがあるのでしょう。今日、ポケモン達は空ばかり見てます」
「なるほど……。我々にはわからない何かがあるんでしょうかね……」
ヨロズの話にポケモンを持っていない私は相槌を打つくらいしかできなかった。
そうこうしているうちに『疾風ギャロップ』号が合流し、一心不乱に突き進むポケモンの群れは我々に気がつくことなく過ぎ去っていった。ギャラドス、コイキング、シェルダー、ブイゼルetc.この海域中の水ポケモン達と言って良いくらいのポケモンが大移動していた……。
「恐い恐いって言ってるね」
ロドリゴ船長の孫娘のミナの言葉が耳に残った。普段ポケモンと関わりのない者にも、ポケモンが助かりたい一心で移動していく様子はすぐにわかった。
翌日も、相変わらず風の流れは早いが良い天気だった。
その日、先行する『バネブーの真珠』号からまた緑色の信号弾が上がった。
「『異教徒の海賊に襲われている船。損傷甚大の模様』第一報です!!」
「第二報!!『襲われていた船は拿捕された模様』」
「救援しますかな?」
船尾楼の面々から視線が注がれる。他の部署でも、配置についた者は見張り以外私を見ていた。
「状況的に、嵐にあったか昨日のポケモンの群れに揉まれたかだろう……。そんな満身創痍な船を襲うとは許し難い。救援に向かう」
その一言で、船団の方針は決まった。嵐の調査もあるが、目の前の遭難者を見捨てることはできない。
5.海戦
拿捕された船を曳航しながら、偶然次の獲物が現れことを海賊船が喜んでいることは目に見えた。我々をしょぼい護送船団と見たのだろう。進路も変更せずに、余裕綽々で我々と交差する進路を進み続けている。
我々は簡単な打ち合わせを手旗信号で済ませると、『ネオラントの女王』号と残り3隻とで二手に分かれて挟み撃ちにすることにした。ひとまずのところは、丸々太った商船に見えて、見るからに良い獲物な『お護りコイン』号が囮かつ重要な攻撃手段。あとは、アンドレア船長がタイミングを合わせて逃げているふりからの攻撃につなげてくれることを祈るだけだ。
で、『ネオラントの女王』号はドジで間抜けな護衛船が壁になろうとしているふりをしなくてはならない。
「ポケモンは載せてないようですな……」
望遠鏡を覗きながらロドリゴ船長がつぶやく。私も望遠鏡を借りて覗くと、海賊船の上では人間達がうろうろしている様子しか見れない。
「船縁の下にポケモンを伏せさせているかもしれない」
「あり得るがの、よほどの海賊じゃなければポケモンを使いこなせないじゃろう。いても、グラエナやポチエナあたりでしょうな。物の数ではありますまい」
海賊との修羅場を何度も経験しているだけあって、大した海賊じゃないとロドリゴ船長は自信があるようだ。
「ひとまず、船団の指揮は任せます。私は斬り込み隊と甲板下で待機しています」
「了解じゃ」
私は、甲板下で待機中の斬り込み隊に合流した。ミハイル隊長と傭兵団の隊員にそのポケモン達は戦い慣れしているだけあってリラックスしてくつろいでいる。対照的に緊張の面持ちが現れているのは、『ネオラントの女王』号の戦闘隊の面々。彼らも、野生のポケモンとの戦闘や海賊との戦闘を経験しているが、経験としては傭兵団にはかなわない。恐怖心を抱いてしまうのも仕方ないだろう。かく言う私も、落ち着きなく自分の剣と短銃の点検をして気を紛らわせている。
海賊船は、船団から分かれた操船が下手で動きの鈍い大型ガレー船を無視して、獲物として魅力のある大型帆船『お護りコイン』号にずんずん近づいて来る。さっき拿捕した船は動きの邪魔になるので、哀れな捕虜達と今まで奪った金目の物をすし詰めにして切り離したようだね。
あとは、海賊船が『ネオラントの女王』号と、逃げるふりをしているこの『お護りコイン』号の間に上手く来てくれれば準備完了。僕の華麗な舵さばきで、エカテリーナをメロメロにするだけさ。
さあ!!僕とエカテリーナの為にこっちへ来てくれ、哀れな子猫ちゃん達!!
「…長!!船長っ!!」
「ん〜、な・ん・だ・い?僕の妄想を邪魔するのかい?」
エカテリーナの顎を優しく撫でてあげる。嬉しそうに眼を細める様はなんて……、なんって!!キュートなんだ!!
「船長!!頃合いです!!」
ああ、エカテリーナ。君はなんでそんなに美しいんだ……。
「エクセレント……。
……、総員上手回し!!急旋回で海賊船の左舷につけるぞ!!」(※上手回し:帆船が風下方向へ最小半径で旋回すること。操作がかなり難しい。失敗すると失速して風下へ流されてしまう)
「『お護りコイン』号が上手回しをかけました!!」
「ほう、あの若僧、噂どおりよくやるのお。よーし、わしらも三文芝居をやめて突っ込むぞい!!」
「『ネオラントの女王』号が増速して海賊船の右舷につけます!!」
「あの爺さん、ただの孫大好き爺さんじゃないようだね」
うーん……。大三角帆を3本のマストにそれぞれ広げて、一糸乱れず漕がれるオール。ああ、なんて美しいんだ。ごめんよ、エカテリーナ。僕は君に夢中だけど美しく走る船にも夢中なんだ、浮気な僕を許しておくれ……。
「海賊船の左舷にぶつかります!!」
「予定通り、すれ違いざまに霞弾を海賊船の甲板に浴びせな!!」
轟音が海賊船の上を通り過ぎる。大砲の方向を飛び出した鉛玉の散弾は甲板上で余裕をこいていた海賊達をミンチ肉に仕上げた……。
6.カロスの騎士
私とミハイル隊長は合図の鐘と同時に甲板に飛び出すと、海賊船との間に素早く架けられたハシゴを登っていく。海賊船の甲板は血の海になっていたが、甲板上のハッチが開くと次々と海賊とそのポケモンが出てくる。どうも、海賊の切り込み隊もこちらと同じことを考えていたようだ。
「どうやら、楽に制圧できる感じじゃないな?」
「腕の見せ所でしょう?」
ミハイル隊長と軽口を叩きつつ、湧いてくる海賊を倒していく。
海賊のトレーナー達は『ネオラントの女王』号の狙撃手から狙われ、自分の身を守るので精一杯で自分のポケモンに指示を出している暇ははないようだ。それでも、ポケモン達はポケモン達で死闘を繰り広げているが、力量の差がはっきりしているので、逃げ回る海賊のポケモンを捕まえて縛り上げていく作業になりつつある。
「デンデン!きあいだま!!」
ミハイル隊長の最後の指示が終わると、最後まで抵抗していた船長と彼のゴローニャは甲板で倒れていた。凄腕のトレーナーとそのデンリュウに船長が倒されたことで、一緒に抵抗していた取り巻き達は武器を捨てて投降の意思を表明した。
「ひとまず、一丁上がり」
それだけ言うと、ミハイル隊長は船内に潜り込んでいった。まだ、船内で抵抗を試みるものがいないとも限らないのと、この海賊がラッタを多用していたので、恐怖心にかられたラッタが船底にに穴でも開けたらたまらないのだろう。
「ゴローニャが大爆発しなくてよかったですね……」
切り込み隊の一人がつぶやく。
「まったくだ……」
甲板上には負傷者と死者。それに傷ついたポケモン、死んでしまったポケモンが横たわっている。司祭と船医が乗り移ってくると、怪我人や傷ついたポケモン達を丁寧に治療していく。
弩の矢、刀剣の切り傷、齧られた時の歯型に多分カイリキーの拳のあと。それに、ポケモンの特殊技を食らって出来た痣や、骨折して変な方向に曲がった手足。人もポケモンも等しく激戦をくぐり抜けた傷跡があった。
「何か最後に言いたいことは?」
「……、船室に子供に買ったおもちゃがあるんだ……、できれば届けてくれ……」
司祭は虫の息の海賊から最後の言葉を聞き、苦しそうにするポケモンがいれば司祭の連れてきたマリルが耳元で歌って静かに苦しみを取り除いていく。
「いつ見ても、胸が苦しくなる光景だ」
「隊長のような人でも?」
船内の見回りから戻ってくるなり、戦場から野戦病院へ変身した風景を見てミハイル隊長は感想を漏らす。
「船団長、愚問だな。我々はこんな商売を生業としているが、その分誰よりもポケモンと接している。だから、ポケモンが苦しむ姿というのはあまり見たくないものだ。そして、人が死ぬということもだな……」
「そう……、だな」
「ところで、船団長。面白いものを見つけた」
悲痛な顔からいつもの冷静な隊長の顔に戻って、船内で見つけたというものを報告してきた。
海賊に拿捕されていた船を『バネブーの真珠』号と『疾風ギャロップ』号が救助し、解放した船員達で海賊達を近くの港まで送り届けることになった。
ただ、救助した人々の中で一人だけどうしても同行したいという人がいた。名をシャルル・ド・カロスと言う。カロス地方の騎士だ。
「して、嵐の原因を調べに来たのじゃな?それじゃから、同行したいと?」
「原因?いや、人々を苦しめるこの嵐。拙者、噂を聞いていてもたってもいられなく、嵐退治に馳せ参じた次第。それを、卑怯な詐欺師の罠にかかり海賊に捕まっていた次第にござる」
「嵐退治のお?」
「騎士たるもの、庶民の安寧を破るものあれば退治するものである!!」
「ほ?ほう?」
ちょっと論理がわからないが、正義感はあるようだ。と言うか、変な論理の騎士道に基づいて行動しているようだ。
「どうするかの?船団長?」
取り調べをしていたロドリゴ船長が聞いてくる。如何にもこうにも、この船に乗り込まれてしまったからには連れて行くしかあるまい。
「戦闘員の一人に計上しましょう……」
「了解ですじゃ」
「神よ、変人が増えました……」
司祭、変人アレルギーに罹ってしまったようだ……。
7.嵐圏突入
「嵐が来るってよ」
クヮルフ島まであと1日という時、ミナが晴れ上がった空をみてそう呟いたという。
しばらくすると、『お護りコイン』号からも。嵐が近いと報告があった。ポケモン達も何処となく落ち着かずソワソワしている。
「いよいよですな」
「うちの隊員は準備はできている。問題はないぞ」
「皆様に神のご加護がありますよに」
「嵐を晴らす……。大役ですが、やってみます」
船尾楼に集まった面々はそれぞれ決意を示した。
今回は調査が目的だが、できれば解決する。だから、ここで命を落としてしまうかもしれない。
「全船に通達。『嵐に備え、最善を尽くすように』」
信号弾が上がり、捜索範囲を広げるために各船は間隔を開けた。
ゴーッ。っと言う風が他の音を消し去る。
まだ波は高くないが、船が波に遊ばれ始めている。ただ、波風がだんだん強くなってきているのは嵐の中心に近づいている証拠だろう。
揺れる船室で、海図を眺めていると。地響きのような音が船室に響いた。それとともに、揺れが急激にひどくなってきた。
「来たようじゃ」
雨合羽を羽織ったロドリゴ船長が船室に顔を出して一言それだけ言うと、落ち着いた足取りで船尾楼に上がっていった。私も、雨合羽を取ると静かに船室をあとにした。
船尾楼に上がると、船上は配置に着く船員達でごった返していた。
風の音でよほど叫ばないと声は聞こえない。みんなハンドサインや、甲高い音を出す笛を使ってコミュニケーションをとっている。
そして、みんな押し黙っている。
「……ですな。失礼つかまつる」
嵐に負けない大声でシャルルは何事か言って大きな槍や銛を抱えて船首に走っていた。
まだ昼前だというのに夕方のような暗さの中、前方に異常な量の雷が見える。
マストの上の見張りが笛を鳴らす。その合図とともに、信号弾が上がる。各船もそれに応えるように信号弾で応答する。
「あれじゃな」
私の耳元で叫ぶとロドリゴ船長が望遠鏡を譲ってくれた。船が揺れてしっかりと見るのが難しいが、雷光に照らされた青いクジラとも見えるポケモンがこちらの方を見ていた。私は望遠鏡を隣にいたヨロズに渡す。
「初めて見ますね。あのポケモンが嵐を呼ぶのだとしたら、相当な強さなんでしょうね」
ヨロズも耳元で叫び、望遠鏡を次に回した。
戦いが始まった。
ヨロズのヘルガー達が吠え始めると風が弱くなり、心なしか波も弱まってきた。そして、我々と青いポケモンのいるこの辺だけに陽の光が差し込んできた。
その様子を、じっと見ていた青いポケモンは。視線を我々に向けると、大波を呼び寄せそれに乗りながら突っ込んできた。
「時間は5分です。ヘルガー達の効果が持つのは」
「5分でケリをつけろか……」
「砲撃準備じゃ。すれ違いざまに砲弾も、矢も技もなんでもありったけ叩き込むんじゃ!!」
ロドリゴ船長の命令が船上に響くと、ミハイル隊長は船首に向かっていった。
僕はこんな興奮は初めてだ。
嵐に雷光を背負い、そして後光まで浴びるそのポケモン。名も知らない初めて見るポケモンだけど、この美しいポケモンを僕はコロシテヤリタイ。ボクノウデノナカデエイエンノネムリニツケバイイ!!
「手筈通り挟撃する!!この晴れを逃すんじゃない!!」
アア、コウフンガトマラナイ。シネバイイ、ボクガコロシテアゲル。
大波に乗った青いポケモンがぶつかる直前、『ネオラントの女王』号は舵を切ってギリギリかわす。そして、これまた華麗な舵さばきで青いポケモンを挟み込んだ『お護りコイン』号とありったけの攻撃を当てていく。
『ネオラントの女王』号の左舷側を悠然と進む青いポケモン。砲弾が背中に打ち込まれ弾かれ、矢が突き刺さっても効いている様子はない。ポケモン達が技をかけるがこれも効いているんだか、効いていないんだか。
青いポケモンは最後に大波を起こし、離れていった。
「あと1分半です」
クロノメーターを持つ航海長が告げる。
「やはり、5分じゃ無理なのか……」
8.砲弾に願いを込めて
「まだで御座る。諦めてはいかぬ!!」
半ば諦めの心持ちになっている『ネオラントの女王』号に喝を入れたのは、船首で銀色に輝く鎧を着て大槍を構えるシャルル。
「あの子はここに恐怖の対象がるのを知っている」
船長室で待っているように言われていたミナが、いつの間にか船尾楼に現れいつものように空を見ながら呟く。晴れ間はどんどん狭くなっていく。
「宝玉!!宝玉だ!!司祭!!」
「あっ!!」
司祭は短く叫ぶと自室にとって返した。
その間も『ネオラントの女王』号を先頭に一直線に並んで航行する船団を、青いポケモンは遠巻きに並走して様子を伺う。そして、どんどん晴れ間は縮んでいく。
微かに一条の光を残して晴れ間が消えそうな頃、青いポケモンは再び大波を起こすとすごいスピードで突っ込んできた。
「宝玉です!!」
息を切らせながら司祭が箱を脇に抱えて船尾楼に駆け上がってきた。
「早く開けて!!」
私は思わず急かす。
司祭が箱を開けると、藍色をした玉と紅色をした玉が入っていた。
「どっちだ?ヨロズわかるか?」
「残念ながら……。ただ、あいつは青色だから」
そう言うと、藍色をした玉を取り出した。
「一か八かじゃ!!そいつで行ってみるんじゃ!!」
「で、これをどうするんだ?」
私は藍色をした玉を受け取ると、使用方法がわからず固まった。そうしている間にも青いポケモンは接近してくる。
「拙者に任されよー!!」
船首にいたシャルルが突進してきて藍色をした玉を奪い去ると、船首にとって返して船首の大砲に詰めてしまった。
もう、こうなると何を任せるのかわからないけど、カロスの騎士の案に任せるしかないのだろう。この船に乗る全員からの注目を浴びつつ、どこ吹く風のシャルルは照準を合わせるとタイミングを合わせて……。
「拙者にひれ伏すがよい、この化け物!!」
ドーッン!!という音がし、藍色をした玉が飛び出していく。あとは、当たるも外れるもシャルルの砲撃の腕の結果次第。我々は自然と心の中で命中を祈った。
みんなの視線が、徐々に点になっていく藍色をした玉に注がれる。
放物線を描き、復活しつつある嵐の中、見事に青いポケモンに命中した。
ギャオォーー!!
叫び声とともに、青いポケモンは海中に没した。
ゴーッ!!
嵐が完全に戻り、元のすべての音を風の音が支配する状態に戻った。
9.荒くれ者
嵐は収まってないけれども、相変わらずの風の音だけれども、船上いや船団は静寂に包まれている。みんな、持てる五感をフルに動員して結果を知ろうとしている。
『やったのか?』
ロドリゴ船長の顔にはそう書いてある。
『どうなんでしょうか?』
司祭も心配そうに様子をうかがっている。
『状況を知らせ』
すぐ後ろを航行する『お護りコイン』号から信号弾で問い合わせが来る。
まさか、嘘だろ?あんなに猛攻撃を受けてもビクともしない奴が、あんなちっぽけな青い玉で終わりになるなんて?僕は許さないよ?まだ終わりじゃないだろ?僕をもっと楽しませておくれよ!!
『後方に渦潮』
最後尾を走る『疾風ギャロップ』号から信号弾が上がったのは、『お護りコイン』号と信号弾でやり取りをしている時だった。
そして、船は進む以上のスピードで渦潮に引き寄せられ始めた。
「奴だ!!奴が帰ってきた!!良いぞー!!」
すぐ後ろで、渦潮に逆らう努力をしている『お護りコイン』号から奇声が上がる。それと同時に、ポケモンの技。多分、雷や電撃系の技が、渦潮の中心に向けて『お護りコイン』号から発せられた。
「ダメだ!!天気が変わらない!!」
ヨロズが私の耳元で叫ぶ。ヨロズのヘルガー達は今までにないくらい叫び、晴れを呼び込もうとしているが、渦潮を中心に絶望的に悪化していく天候を変えることができないでいた。
「デカくなっておるぞい!!」
望遠鏡を抱えてロドリゴ船長も私に向かって怒鳴る。私は望遠鏡を受け取ると、雷光やスパークの光で照らされる渦潮の中心に向けた。
そこには、神々しまでに悠然とこちらを見ている青いポケモンが。しかも、先ほどと違い体のサイズが確かに大きくなっている。そして、体が透けているように見える。青いポケモンから感じられるプレッシャーはとてつもなく強大だった。
「ダメじゃ、吸い込まれる!!」
渦潮の外へ舵を切ろうと、舵輪にロドリゴ船長と船員達が取り付いているが、一向に舵が動かない。そして、波の力に逆らおうとしたのがいけなかったのか、船に押し寄せた波で甲板の一段低いところでオールを操っていた漕ぎ手達が何人も流されてしまった。おまけに、メインマストが水圧に耐え切れず傾き、甲板に大きな亀裂が入る。
「いかん!!船内に入った水をかき出すんじゃ!!」
もう、『ネオラントの女王』号は戦闘どころではない。亀裂が広がらないように対処する者。船倉にバケツを持って走って行く者。海に投げ出された同僚を助けようとする者。メインマストは傾きをどんどん増している。変な方向へ倒れれば、船が沈みかねない。ミハイル隊長以下傭兵団の隊員とポケモン達がメインマストを力一杯支えている。
現状としては、誰がなんと言おうと絶望的だ。船上にいる人とポケモン達は船が沈まない努力をするだけで精一杯だし、その努力も渦の中心に到着すれば無駄になってしまう。
周りを見渡すと、船足に優れる『バネブーの真珠』号に『疾風ギャロップ』号は渦潮を脱出し、青いポケモンに向かって盛んに砲撃を繰り返している。そして、『お護りコイン』号はゆっくりとではあるが天才的な操船で渦の外に向かって移動している。どうやら、危機的状況なのは我々だけらしい。なんとか、この状況を脱したいが見る見る間に青いポケモンが近づいてくる。
「だめなのか?」
船上で助かるための努力をしつつも、みんなどこか絶望的な顔になっている。こうしている間にも、波は襲いかかりまた一人、また一匹と渦に飲み込まれていく。
「紅色の玉を!!当ててみてはどうでしょうか!!」
すぐ横でロープに捕まることで、辛うじて流されるのを防いでいる司祭が叫んでいる。
「一か八かです!!藍色の玉があいつを活性化させたのかもしれません!!ならば紅色の玉なら反対に沈静化させられるかもしれません!!」
「わかった!!やってみよう!!」
私も流されないように手摺につかまりながら、司祭を助け出し彼が握り締めていた紅色の玉を受け取る。
10.わたつみ
なんとか、波に流されず船首の大砲まで到着した私は、ここまで移動する間にかなり渦の中心に流されていたことを初めて認識した。青いポケモンと目があったのだ。これは気のせいではない。奴は私をしっかりと見ていた。
「危ないでござる!!」
青いポケモンと睨み合っていたせいで、奴が技を繰り出してくるのに反応が一瞬遅れた。急激に私の周りの空間の気温が下がり始めた。だが、船首でいまだに頑張っていたシャルルが、体当たりで突き飛ばしてくれたおかげで助けられた。私のいた場所、そしてその周囲が凍てつく氷の塊になっていた。
「大丈夫でござるか!!」
「大丈夫だ。それよりも大砲を……」
急激に気温が下がってきた。まただ、今度はしっかりとかわすことができた。だが、このままでは大砲まで行き着かない。
「拙者が足止めいたす!!その隙に船団長は大砲へ行くでござる!!」
そう叫ぶと、シャルルは大槍を構え船首の張り出しへ走って行く。
「遠からん者は音に聴けい!!近くば寄って目にも見よ!!我こそは、カロスはヒャッコクの地より参ったシャルル・ド・カロスなり!!いざ!!推参いたす!!」
走りながら口上を叫ぶと、シャルルは船首から跳躍しその鋼鉄の鎧の重たさも物ともせず、青いポケモンのところまで30メートルもの大ジャンプをした。シャルルが青いポケモンまでたどり着けるかは知らないが、奴の視線は今私にはない。
「くたばれ。こんちくしょう!!」
紅色の玉を砲口から押し込んで、照準をつけて……。青いポケモンの視線が私に向く。しかしその時、何の奇跡か30メートルの大ジャンプに成功したシャルルが青いポケモンの左鰭に大槍を突き立てる。さすがに痛みを感じたのか、左鰭を大きく振り上げると、シャルルはまた大空へと飛び上がっていった。だが、それだけの時間があれば、大砲の導火線に着火するだけの余裕はあった。
「チェックメイト……」
つぶやくと同時に、いまや目の前といってもいい所にいる青いポケモンに紅色の玉は命中し砕け散った。
眩しい光とともに、『ネオラントの女王』号は弾き飛ばされた……。
目が回復すると相変わらずの嵐だが先ほどの渦潮はなくなり、姿が元の大きさに戻った青いポケモンがいた。
「まだやる気か?」
私はフラフラと立ち上がると、青いポケモンをじっと見据える。こっちは、もう戦う手段なんてないぞ?後は『お護りコイン』号とでも好きなだけ殴り合ってくれ。私は疲れた……。
「決着がついていない。あいつはまだ登場していない。そう言っている」
本当に神出鬼没だけど、いつの間にかミナが私の横に立っていた。
「なんだって?」
「決着がつくまでここを動くわけにはいかない。そう言っている」
私に解説してくれたいるのか、独り言なのか。ただ、どうやら目の前の青いポケモンの心を読んでるか声でも聞いているかのような喋りだ。
「だから、人間に負けられない。そう言っている」
11.沈みゆく
『ネオラントの女王』号の様子を振り返って見てみる。メインマストは跡形もなく。メインマストのあったあたりは亀裂が縦横に入っている。そして、そこから侵入した水を、流されなかった乗組員と漕ぎ手達がバケツリレーで汲み出している。傭兵団のポケモン達がオールを握り、少しでも青いポケモンから遠のく為に必死に漕いでいる。傭兵団の隊員達は、即席の浮きを作っては海に投げ入れ、溺者を助けようとしていた。
人間とポケモンは死にたくない。そう言っている。
でも、どうすれば良い?
嵐は相変わらずだ。
青いポケモンからはそうそう離れられそうにない。
『ネオラントの女王』号は戦える状態じゃない。
他の3隻は波風に阻まれて、すぐに救援に来れる距離にいない。
私も名乗りを上げて突撃するか?
「私は、あの子が待ち望むポケモンを知っている」
何を言っているんだろうこの子は?ロドリゴ船長の孫娘のこのミナという子は、時々理解を超える言動をしている。
「だから、代わりに海の底へ連れて行くことができる」
どういう意味だ?
「今のあの子は強がっているけど、結構ダメージを受けている。私が一押しすれば一緒に海の底へ連れて行ってあげられる」
もう、私は理解ができなくなってきた。
いや、本当にその時は理解できなかった。後で、話をまとめて漸くそうなのかと納得がいったくらいだった。
今でも、ミナの姿が崩れたかと思うと薄紫色の軟体動物のような姿。そう、メタモンと呼ばれる姿になって……。その後、鳥ポケモンの姿になったかと思うと、飛んで行って……。
青いポケモンの直上で、赤い厳ついポケモンに変化したと思った瞬間。辺り一体が急激に晴れ渡って、波風が収まって……。そして気がつくと、もつれ合う青と赤の塊は急激に海へ沈んでいった。
私たちは、助かった。
ロドリゴ船長の孫娘ミナの力によって。いや、ミナに変身していたメタモンというポケモンによって。
ロドリゴ船長は言った。
「息子一家が伝染病で死んだと聞いていたのに、ひょんなことから孫娘のミナだけわしの働いていた港に現れたんじゃ」
「最初はミナだけでも生きててくれたことを神に感謝したんじゃが、だんだんミナの連れていたメタモンじゃないかと思うての」
「問いただしてしもうての、それからは後悔しての。ミナとして接することにしたんじゃ」
ロドリゴ船長は孫娘を2度失ってしまった。落胆する彼を乗せて、『ネオラントの女王』号以下4隻はゲノファの街に帰ってきた。
カロス地方の騎士、シャルル・ド・カロスはあの後漂流しているところを『お護りコイン』号が拾い上げた。流された船員やポケモン達も少しは助けられたけど、ほとんどは最後に晴れわたる直前までに深海に沈んでいった。
ヨロズは途中すれ違った東へ向かう船にヘルガー達と乗り込み、そして遠くカントーの地へ帰っていった。
この時代、ポケモンも人も等しく生死を共にしている。
そして我々は、次なる古代のポケモン。赤いポケモンの出現に備える。
ミナは赤いポケモンを知っていた。と言うことは、赤いポケモンは我々の側にもう現れているのだろう。我々は備えなくてはいけないのかもしれない……。それに、我々にはもう宝玉はない!!自分たちの力で解決しないといけない。