1.北極圏でのプロローグ
南国に海に浮かぶ町があるっていうのはよく聞くんだけど、今回は冬は荒れる北の海に浮かぶという海上都市に荷物を運ぶ仕事なんだけどもね。できれば、霧の出やすい夏場は避けたいのだけども、まあ仕事とあれば馳せ参じるのがクチバ空行汽船ですからね。安心安全に荷物を運びますよっと。
そんなんで、偶然にも霧のない日に目的の海上都市『ノルドフィッシャーマン』の発着場に着陸した。
「いやー、涼しいなあ……。っていうか寒い」
「船長、さすがに夏着じゃ寒いでしょ……」
「夏だと思って油断したよ」
呆れ顔をして、ユウジがタラップを降りていく。
「はあ……。ヘレナ、積荷を下ろしといて。ゲンゴロウは船内点検よろしく!!」
「は~い!!」
「まかしときな!!」
伝声管越しに二人の返事が返ってくる。
さてと、私は空港事務所に挨拶していくか。さっさとビール飲みたい。
デスクワークもひと段落して、船長室で仕事後の一杯。これが美味いんだな!!
「ハルも飲むかい?」
『いらないよ』
本当にこのキュウコンはつれないなあ……。まあ、飲兵衛のプリンなんかよりかはマシなんだろうか?私の横では、500mlの缶ビールを抱えたプリンが、美味しそうに喉を鳴らしながらビールを飲んでいる。
付き合いの悪いキュウコンを置いといて、私はビールを片手に明後日からの飛行計画を確認する。
「積荷は、『魚介類(冷凍設備込み)20t、雑貨貨物5t、郵便物2t』に、『金塊3t』……」
正直、新米船長に任せる荷物じゃないのが一つ含まれているよね……え?だいたい、この航海だって定期船の故障で急に回されたし。前回だって、急に果ての地方の砂漠に送り込まれるし、船長初航海も空軍のスクランブルのような準備期間で放り出されるし。
私、嫌われてる?
「まっ、そんなわきゃーないか」
『能天気……』
ハルに何か言われている……。
ひとまず、今晩は飲むぞ!!白夜で暗くならないから寝れないし、寝酒に丁度いいや!!
「エビス!!乾杯!!」
「プーッ!!」
私とプリンのエビスは、お互いの缶を盛大にぶつけるとビールを一気に飲み干した。
『バーカ』
積荷の積み込みは完了。水素ガスは各気嚢に充填済み。バラスト水と、非常用バラストの積み込みも完了。エンジンの暖機よし!!天気は、……視界100mの霧。これは、ガイドビーコンが頼りだなあ。ハルの特性の効果があるのかないのか……。ともかく、前部上方の見張所から船尾が見えないくらいにはガスってる。
風は東南東の微風。これはこの季節のこの海域の風の特徴だし、出発には影響はない。
ほんじゃあ、故郷(くに)に帰りますか?
2.霧に浮かぶ
「東南東微風。船首を風下へ!!」
「牽引車ロック解除」
「エンジン全開、クラッチつなぎます」
ヘレナにユウジ、タロウから準備完了の報告が来る。牽引車につないでいたロープが外れたので、後はカビゴン達が船体から垂らされたロープを握っているだけ。
今、飛行船カゲロウ号は地上5mに静止している。丁度、風船の紐を手放したら一定の高さで浮かんで、落ちもせず浮かび上がりもせずにいる状態と思って良い。この後、バラスト用の砂袋を投棄し身を軽くして、船尾の昇降舵を使うことで揚力を発生させて徐々に上昇していき高度7000mまで浮かび上がる。予定……。
ただ、現在視界は100mでどこにどう立ってもカゲロウ号全体が見えない……。空港の離陸用ガイドビーコンに従って離陸しないといけない。ガイドビーコンに従うのはいいんだけどね、周りが霧で視界が悪いと、予期せぬ出来事で事故ったりするといけないっていうのが悩みの種。船体各所の見張所や窓にポケモンや手空きの乗組員をつけているけど、霧の上まで何もなく行けるといいなあと思う。
「準備完了。いつでも行けます」
「あいよ。んじゃ、行きますかね?全速前進!!」
ユウジに返事を返すと。すぐさま、ヘレナがカビゴン達に合図を出し、船体につながったロープが手放され、カビゴン達はモンスターボールの中へ戻される。それと同時に、バラストが放出されて軽くなった船体がふわりと浮かび始めた。そして、船が前へ進み始める。
万事順調、調子いいんじゃね?
「高度30m通過。上げ舵5度」
『ガイドビーコン受信中……。表示します』
ヘレナのポリゴン2イマジナリが操舵室のモニターに、ガイドビーコンの情報と周辺の地図を重ねて表示してくれる。それを見ながら、ユウジのチーフという名のカイリキーが巧みな舵さばきで船を操る。
「30分後に霧の海から浮上。有視界飛行に移行。同時に天則を開始。極圏なので地磁気はあまりあてにならない。腕の見せ所だかんな!!迷子になるなんて恥ずかしい真似すんなよ!!」
伝声管で各所に注意事項を伝達する。私自身、北極圏の飛行なんて初めてだから緊張しどうしだよ……。ひとまずは、霧の海から浮き上がる30分後の天測は自分でやりたいから、六分儀を手元に置いてひとまず待機。
だけど、ひとまずとは言え休ませてくれないのが我らがカゲロウ号……。
早速、貨物庫のアラームランプが点滅し始めた……。何なんだよ!!
ともかく、急いで貨物庫に駆けつける。ゲンゴロウも工具を持って駆けつけてきていた。
何があった?
「あー、冷凍庫の配線が緩んで外れていただけだ。つなぎ直したぜ」
「中身は大切な商品なんだから、しっかりしてよゲンゴロウ!!」
「たく……。魚はついでだぜ?今回のメインは金塊だからな。魚はバラストのついでだ!!」
「そりゃあ、積荷が3トンじゃ重量不足で宇宙まで浮かんでっちゃうから、何か積まないといけないってんでしょ?だからって、一応は大切な商品なんだから。しっかりメンテ頼むよ。腐った魚は納品できないよ!!」
「わかってら。まったく、せめて電気食わない商品にしてくれよ……。発電用にエンジン余計に回さねえとなんねえんだからな……」
まあね、カゲロウ号は遠洋漁業の母船じゃないんだ。金塊と冷凍庫か、面倒なもん引き受けちゃったもんだよ。うちの会社には……、以下略。この航海、何事もなく終われば良いなと思わずにはいれない。
「極圏の高空じゃ夏でも冷凍庫にいるのと変わらんけどね……」
そろそろ30分が経って霧の上に出る頃なので、六分儀片手に操舵室を出た私は上部の見張所へ向かう。操舵室から梯子を上って船体下部を縦通する中央通路に入り、そこからまた上に上って上部の見張所へ。
「寒みいな、おい……」
吹き曝しの上部見張所はまだ霧の中だったけど、上空が明るくなってきている。ただ、どこを見渡しても霧の中でふとすると上下感覚や左右の感覚まで失いそうになる。飛行機のパイロットが、気が付いたら背面飛行していたとかいう話を聞いたことがある。流石にカゲロウ号は巨大なので、ひっくり返ったら気がつくだろうけどね。
「流石に、高度1500mにもなると寒いですね」
鼻をすすりながら、マイクが双眼鏡で前を見ながら声をかけてくる。
「霧で双眼鏡が役に立たないですよ。目視の方がよく見えます……」
「だなあ。まあ、一応航行用レーダーがあるから霧の中も安心だけど。航路に乗るまではしっかり見張ってくれよ」
「もちろんです」
私は霧の上空を見上げている。気象予報だとそろそろ霧の切れ目なんだけど……。
「霧が晴れる……」
急激に視界が開けてきて、青い世界が目の前に広がる。急に明るくなったんで、目を保護するためにサングラスを着用すると、六分儀で自分たちの居場所を計測する。
「西経168度、北緯72度と……」
私が六分儀と格闘している間も、高高度飛行船で低空の空気の濃い所が苦手なカゲロウ号は、空気の薄い高空を目指して上昇を続けている。前の戦争中に、制空権のない低空を嫌い高高度を飛行するように設計されたカゲロウ号は、高高度に到達するためにありとあらゆる無駄を省いた骨阻喪症の飛行船として完成された。
その当時、軍艦59号と呼ばれたいたカゲロウ号は、ポケモンも当時の並みの飛行機も活動圏としていない高度8500mを輸送船として活躍したと聞いている。ただ、高高度の飛行をするために払った骨阻喪症という代償は今も健在で、空が安全な今の時代でも高山病との戦いを強いる高高度飛行を余儀なくされている。まあ、低空を飛行しようと思えば別に飛んだっていいんだけどね。ただ、一定角度以上で旋回できないとかの運用制限がかかるだけなんだけど……。
そんなこんなで、ゆっくりと徐々に高度を上げていく。
私とマイクが、見張りをしていると下からゲンゴロウが上がってきた。
「どうしたゲンゴロウ?」
「おう、レーダーにノイズが入るらしい。ちょっと様子を見てみようと思ってな……」
「また、故障かよ……」
ゲンゴロウが、見張所の後ろに設置してあるレーダーを手繰り寄せている。
「まったく、整備する時間が毎度取れねえから応急修理の連続だぜ。そのうちしっかりとオーバーホールしねえと船がもたね……ええっ!?」
「どうした爺さん?」
ゲンゴロウの声が固まったので、後ろを振り返ってみると。
「緊急回避!!取り舵一杯!!」
私は伝声管に思いっきり叫ぶ。船のすぐ後ろに、いつの間にかカゲロウ号よりも巨大な飛行船が迫っていた。
「バカな!!さっきから、……ずっと!!何もいなかったのに!!」
「慌てふためいてねえで、他をしっかり見張れ!!よそ見すんじゃねえ」
マイクがゲンゴロウに怒られているが、私はそれどころではない。高度5200m、この高度なら急旋回しても船体に負担はないはず……だ。
船は船体を傾けながら左に鋭く旋回していく。巨大飛行船は私達なんか目じゃないとでも言ったようにゆっくりと確実に目の前を横切っていった。
3.幽霊船(彷徨える蜃気楼)
「うちの会社の船じゃないなあ。何処んだ?危険操船しやがって!!」
「船長。それもそうですけど、一体いつ現れたんですか?数十秒前にはいなかったじゃないですか?」
「それもそうだ……」
確かに、私が天測をしている最中は上下前後左右何もいなかった。おまけに上空は雲ひとつ無い快晴で隠れようもない。レーダーの調子が悪かったとは言うが?
「ありゃ……?『テラ・ミラージュ号』?」
ゲンゴロウが巨大飛行船を凝視しながらぼそっとつぶやく。
「ゲンゴロウ、あの船知ってんのか?」
「ああ……。50年前くらいにこの海域で暴れまわっていた、『大地の蜃気楼』って言う強盗団の飛行船だ。ただ、ある時を境に忽然と姿を消したんで、解散したとか秘密裏に当局が捕まえたとも言われてたんだが……」
「50年前って……。じゃあ、あの船には爺婆でも乗ってんのか?」
「バカ言え、生きてたとして若く見積もっても八十や九十の年寄りだぞ?」
まあ、確かに50年前に現役だとそうなるわな。
「じゃあ、違う船なんじゃ無いですか?」
「マイク。おめえ、世界中探してうちの会社以外にこの海域に配船してる会社あると思うか?」
「無いです。というより、硬式飛行船を運用している会社はうちくらいです……」
カゲロウ号を無視するように悠然と前を進む、多分にテラ・ミラージュ号と思われる船。何モンなんだあの船は?
「ユカリ、どうするんだ?」
「どうするって?」
「もし、テラ・ミラージュ号なら逃げたほうがいいんじゃねえのか?」
「……」
もし本当に強盗団の船なら、狙いは金塊。三十六計逃げるに如かず。余計なことになる前にここから脱しよう。
「ユウジ!!ずらかるよ!!全速上昇!!」
「ダメです船長!!あの飛行船が進路を塞いでいて、衝突警報が出ています。上昇できません!!」
「んじゃあ、降下だ!!霧の下に潜るんだ!!」
「了解!!」
運動が制限される低空に行くのは嫌だけど、距離を置くには仕方ない。
今まで、緩やかに上昇していたカゲロウ号は水平になり、そして船首を下に向けると眼下に広がる霧の海へ向かい始めた。厄介事は勘弁なんだよなあ。
そうこうしていると、伝声管からヘレナの声が。
「ユカリ~!!目の前の飛行船からメッセージが来てるよ~!!」
「内容は?」
「『3分以内に停船して積荷を渡すように。守らなければ命の保証は無い。テラ・ミラージュ号』ってさ」
金塊が狙いじゃん……。だけど、ここで積荷を渡すわけにもいかないし。
私は伝声管を掴むと大きく息を吸って。
「近くの警備隊に救援要請出して!!あと、目の前のウドの大木に『バカやろー!!一昨日来やがれ!!糞爺ども!!』って言ってやんな!!」
「りょうか~い!!」
ヘレナの嬉々とした声の横で。
「そんだけ叫べば、向こうにも聞こえてんじゃねえのか?」
「船長……。威勢がいいのはいいですが、何かプランは……?」
「プラン……?あいつらって、何してくるの?」
「ユカリ、おめえのクソ度胸には感心すんぜ。往時の奴らの手口は、逆らう相手には種族値の暴力だ。ボーマンダに乗ったトレーナーたちが襲いかかってきて、まあ皆殺しだな」
「ゲンゴロウ、後部は任せた。マイクは見張りを続行。二人とも死ぬなよ!!」
私はそう叫ぶと、梯子を滑り降りてそのまま操舵室まで急降下した。
「現在高度4800m。時速50ノット、下げ舵5.5度で降下中。テラ・ミラージュ号は旋回しつつ、こちらに向かって降下してます。」
早速ユウジが状況を報告してくる。
「霧に隠れんぞ。それで上手く撒ければいいけど……」
そう言いつつ、レーダーを除くと時折ノイズが走って周りの様子が見にくい。しかもだんだんと、ノイズがひどくなっている感もある。
「ダメ、警備隊に繋がらない」
無線にもノイズが入っているらしい……。心強い応援は期待できそうに無い。
「ユカリ、自力でこの危機を抜け無いとダメみたい」
ヘレナが無線に匙を投げてしまった。自力でかあ……。うちの会社の飛行船には、野生のポケモンや犯罪者などから自身を守るために、自衛のための要員としてフライゴンが数匹乗船してはいる。けども、相手は鳥ポケモンや気の迷いでこちらに襲いかかってくる様な泥棒を想定していて、間違っても”強盗団”なんてものに対しての備えでは無い。そんな奴らが現れたら、公権力に任せてずらかるのが基本……。
「ユウジ!!フライゴン達に準備をさせておいて。あとは、鳥ポケモン達にも何時でもフライゴンたちの応援ができる様にさせて」
「はい、船長!!」
そう言うとユウジは、上部で見張りをしているマイクと積荷の再固定をしているジョンにポケモンの準備をする様に伝え始めた。
こうなりゃ、出来る限りの事はしておこう!!
「ゲンゴロウ!!タロウ!!聞こえてる?ダメージコントロールの用意をしておいて!!一戦交えるかもしれない!!」
「おっ!!いいじゃねえかユカリ!!派手にやろうぜ!!」
「機関長……。喧嘩じゃないんですから……」
後部のゴンドラにいる二人にも伝声管で、準備するように伝える。
「現在高度4500m~。時速50ノット~。下げ舵変わらずね~」
ユウジがポケモンの準備で操舵室を離れてしまったので、代わりにヘレナが操舵の指揮をとっている。役立たずになってしまった無線とレーダーには、エビスとイマジナリがなんとか使い物にしようと調整を加えている。
後は、テラ・ミラージュ号がどう出てくるかだけど。まあ、結果は予想できるけどね……。何しろ狙いは金塊みたいだし。
4.攻防戦
背後にピタリと取り付いているテラ・ミラージュ号。しかも徐々に距離を詰めてきている……。どうするよ、私?
「ヘレナ、ガスをちょい放出して!!浮力を減らして、降下速度を上げるよ」
ちょっと賭けに出てみた。一刻でも早く霧の下に潜りたいから浮力を減らすことにしたけど、それはまた諸刃の剣でもあるわけで吉と出るか凶と出るか……。ここで水素ガスを放出すると、再浮上がかけられなくなる恐れがある。眼下にあるはずの海水を電気分解すれば一応補充できなくもないけど、全部で約7万立方mのガスの一部とは言え放出してしまうと再補充は容量的に難しい。
「りょうか~い」
ヘレナが合図するとチーフが4本腕のうち余った腕を使って、16個あるガス嚢の開閉を手早く行っていく。そして、浮力を失ったカゲロウ号は重力に引かれてスピードを上げていった。
「高度4000m~」
「このじりじりと過ぎる時間が胃に悪いなあ……」
「飛行機ならあっという間んだろうけどね。時速54ノット~」
後2500mも降下してようやく霧の最上部……。そして、テラ・ミラージュ号は相変わらず接近してくる……。間に合うのかよ?
まあ、逃げる相手を何もせずに追うだけということはない。
「船長!!テラ・ミラージュ号からポケモンが~!!」
伝声管から、上で見張りについているマイクの声が。来るべき者が来たらしい。
「ボーマンダが1、2……6。……9匹です!!」
マジかよ。数が違いすぎる。うちのフライゴンは2匹、鳥ポケモン達は4匹で分が悪い。
「トレーナーは?」
トレーナーが乗っていないボーマンダがいれば、指示伝達の関係でそれだけ戦力が下がるだろう。それを期待してマイクに質問をする。
「全部に乗ってます」
色々分が悪い……。
どーすっかねえ?とりあえずは、足止めとかないと。
「ヘレナ。ここは任せた!!」
「いってら~」
「ユウジにマイク!!それと、ジョン!!手持ちのフライゴンとピジョットにヨルノズクを出して!!」
伝声管に向かって叫ぶと、操舵室側面のハッチを蹴破って飛び降りる。
風を切って、地球に吸い寄せられていく。
ちょうど良い頃合いで、後から飛び出してきたピジョットのロブが私を背中に乗せてくれる。私達の後ろにはフライゴンのローズとツネカズがピッタリついてくる。あとの残りのピジョットとヨルノズクは、ユウジが引き連れてカゲロウ号の直前で最終防衛ラインを張っている。
『行くよ』
手信号で後ろの二匹に合図する。
霧に飛び込むまで足止めしないとなあ……。
テラ・ミラージュ号から出てきたボーマンダ達が一直線に突っ込んでくる。背中にまたがるトレーナー達は一様に仮面をつけていて表情が読めない。なんか、嫌な感じ。とりあえずは、足止めし足止め!!
「ロブ!!吹き飛ばし!!」
突っ込んでくるボーマンダに向かってロブが突風を叩きつける。ボーマンダ達は少しふらついて姿勢を崩したけど、平気な顔をしてさらに突っ込んできた。レベル差がありすぎた?
『火炎放射!!大文字!!』
なりふりかまってられない、効果が有ろうが無かろうがダメージを与えてペースを乱さないと……。後ろの2匹に手信号で合図すると同時に、炎の筋と炎の塊が次々と追い抜かしていく。でも、ボーマンダ達は炎の筋をかわし、炸裂する大の字をくぐり抜けて私達も無視してカゲロウ号に向かっていく。
相手にもしてもらえないのはユウジも同じで、軽くあしらわれてしまい、カゲロウ号は今やがら空きといった状態。
素早くカゲロウ号に取り付いたボーマンダの1匹は、スピードをカゲロウ号に合わせるとドラゴンクローを繰り出してきた。勿論、かわすことのできないカゲロウ号はもろに攻撃をくらってしまった。
シューッ!!
と言う、ガスの抜ける音がする。場所的に後部の5番気嚢が裂けたと見える。ちなみに、こんな時に言うのもなんだけど、飛行船のエンジンや気嚢なんかの番号は船尾から1番2番って数えるんでよろしく!!
「5番気嚢がガス漏れ~!!ゲンゴロウがダメコンに向かってる!!」
左耳のインカムに、ノイズ混じりにヘレナから報告が……。
「火の気に気を付けて、後は……」
まずい、全てのボーマンダがカゲロウ号の周りに取り付いてしまった。ユウジも私も連中の実力に負けて、カゲロウ号に戻ることすら叶わない。しかも、軽くあしらわれる度に無視できないダメージがポケモン達に蓄積していく。
またしても一か八かだけど、賭けに出てみることにした。
「ヘレナ!!イマジナリに重力を使わせて!!」
「いいの?」
「黙ってやられるくらいなら、一矢報いてやんよ!!」
「りょうか~い!!」
返事とともに、物凄い重みが体にかかる。
「か、体……が、重い……」
何とか顔を上げると、辺り一帯の重力が増してカゲロウ号もまとわりつくボーマンダも、そして私とポケモン達も地球に吸い込まれていく。距離が多少なりとも離れていたテラ・ミラージュ号は重力の虜にならずに済んだため、カゲロウ号や私達との距離が離れていく。
もう一丁、仕上げをしよう……。
5.重力降下
重力の技の効果は、5分間重力が強くなり、飛んでいるポケモンは地面に落ちる。そして、技の命中率が上がる。これは、高度数メートルのバトルの時。今は、空の上の高度3500mほど。
なので、ポケモンや飛んでる飛行船は上昇は出来ず地球に吸い寄せられるけど、一応は空中にいる。ただ、技の命中率上昇は変わらないはず。ならば、この際だし派手に大技を繰り出してやろう。
『流星群!!』
効果抜群の流星群を食らいやがれ!!
重力の効果から逃れようとカゲロウ号から距離を取っていたボーマンダ達に、ローズとツネカズの流星群が襲いかかる。重力が強くて身動きが思うように取れないから、面白いように流星群がボーマンダ達に当たっていく。まともに食らった何匹かは、気を失ったと思われるトレーナーと共に重力に逆らわずに物凄いスピードで落ちていった。
「やりーっ!!」
よーし、後は重力に身をまかせつつ、カゲロウ号に近づいて乗り移ろう。ボーマンダを止めに出た6匹は、大分ダメージを受けてしまってバトルどころじゃないようだし。
重力のおかげで降下スピードはいくらでも上がる。だから、目の前を重力に引かれて落ちていくカゲロウ号にあっという間に接近できた。細かい動きは取りにくいので、すれ違いざまに上部の見張所に飛び込んで、ポケモン達をボールに戻してあげる。
相変わらず体が重いけどなんとか周りを見渡すと、重力の範囲から逃げ切ったボーマンダ達の姿は遥か上空に取り残されていた。ひとまず、安心。
見張所からなんとか操舵室に戻る。操舵室に戻る頃には重力の効果も切れていて、普通に梯子を下りれるようになっていた。
「状況報告」
「5番気嚢が裂けてガスの60%を失った感じね。穴はホテイちゃんがバリアーで塞いでゲンゴロウが応急修理中。釣り合い取るために12番から16番までの気嚢のガスをちょっとづつ放出して、浮力回復のためにバラスト水を緊急放出して釣り合いをとったところ~」
5番気嚢はバリヤードのホテイとゲンゴロウに任せておけばいいか。あとは、ガスとバラスト水を放出してしまったから、浮上と降下の自由が利かなくなりつつあるなあ。
飛行船の浮上と降下の仕組みをおさらいすると、通常現在の高度に留まるようにガスとバラストのバランスが調整されているから。大幅に浮上するにはバラストの放出、同じく降下するにはガスの放出が必要になる。だから、そう何度も急浮上したり急降下したりはできない。最終的に何度も浮いたり沈んだりを繰り返していると、ガスもバラストも無くなって墜落する運命になる。
「高度は1800m~。速度58.5ノットあと少しで霧の海ね」
「急降下が効いたかな?」
ただ、空気の濃いところにダイブしたので船体の損傷が心配。私は伝声管を掴んで。
「タロウ!!現状報告!!」
「現在、船体の損傷を点検中です。今の所はフレーム構造に歪みは出ていませんが、ボルトの緩みが何箇所もあります。急激な運動は避けてください」
「うーん、了解……」
さて、そうこうしているうちに霧の海に操舵室が突っ込んだ。あとは、船体全部が隠れれば逃げられるだろう。
「マイクです!!テラ・ミラージュ号が、降下を停止しました。目測で高度2500m付近にいます。本船の後をついてきます」
「あいよ!!霧に潜ってからも警戒怠るなよ!!」
霧の中での衝突を嫌ったようだけど、追跡を諦めてないみたいだなあ。でも、霧に隠れた船を探し出すあてでもあるんだろうか?
カゲロウ号は霧の中をゆっくり降下している。ひとまずは高度1000mまで降りて水平飛行に移ろう。レーダーが使えないから高度計と当てにならないコンパスが頼り……。
6.霧海
さて、カゲロウ号はダメージを受けつつも、なんとか霧に沈み高度1000mで水平飛行に移った。どこを見渡しても霧の中で、上空にまだテラ・ミラージュ号がいるのかすらわからない。ただ、レーダーが使い物にならないようだし、向こうがこちらを見失っている可能性は高いと思うんだけど、なんだかもやもやする。
霧に飛び込んでからの数分は霧の上でのことが嘘のように静かで、なんとも不気味な感じだなあ。
「おい!!ユカリ!!5番気嚢の裂け目は塞いだぜ!!」
「あいよ!!」
ゲンゴロウが報告がてら操舵室に入ってくる。
これで、ガス漏れで釣り合いをとるために連鎖的に他の気嚢のガス放出すして。結果、浮力を失い墜落という流れはひとまず回避できた。
「で、これからどうするの~?」
「どうするも何も、このままうまいこと逃げるだけ。だけど……」
「だけど、なんだってんだ?」
操舵室の緩んだボルトを締めながら、ゲンゴロウが不審そうな顔で見てくる。
「いやー。なんつーか、嫌な予感がするんだよなあ」
「何~?フラグってやつ~」
「ヘレナ。多分それでフラグが立った……」
「??」
カゲロウ号の前の空間に日光が差していて、ボーマンダが3匹……。そして、上空から突風が吹いて霧が流される。さらに、舞い降りてくるボーマンダ。霧払いね……。まあ、この海で活動するんなら必須な技ですよねえ。
「霧払いとか覚えてんじゃねぇ!!」
「ゲンゴロウ……。文句言ったって仕方ないだろう……」
「そうね。で、ユカリ。どうするの~」
え?どうするって?
さっき迎撃に出た6匹は回復中だし、ハルを戦闘に出すと天気が回復して隠れる場所がさらに減るしなあ。ボーマンダに有効な反撃が出来る子……。ボーマンダは、ドラゴンと飛行。氷4倍……。氷技は、ゲンゴロウのラッタのアルバートが覚えていた?
「ゲンゴロウ。アルバート貸せ!!」
「あん?なんでだ?」
「吹雪か冷凍ビーム覚えていなかった?」
「面白半分に吹雪を教えたが、今まで使ったことねえから実力なんか知らねえぞ」
それで十分!!
「十分!!十分!!借りんぞ!!」
ゲンゴロウからアルバートのモンスターボールをひったくると、私は全速力で梯子を上部の見張所まで駆け上がった。
「アルバート!!仕事だよ!!」
アルバートをモンスターボールから出すと、アルバートを一段高い場所に乗せてあげる。
「船長、何を始めるんですか?」
「知るかよ?ラッタの吹雪程度じゃボーマンダは落とせないと思うんだけどよ、貸せってんだから何かあるんじゃねえの」
私の後から上がってきたゲンゴロウに、マイクが質問している。
この寒い北の空で、しかも濃い霧か覆っている中に吹雪を繰り出せば思い通りの効果が出るはず。
「アルバート、吹雪!!」
『……(あれ、ボーマンダでしょ?無理無理!!)』
「アルバート、ユカリが吹雪って言ってんだ。とりあえず、吹雪使え。じゃねえと、晩飯抜きにさせられんぞ?」
渋るアルバートにゲンゴロウが喝を入れる。私は晩飯抜きなんかにするような、ひどい船長じゃありません。トイレ掃除と調理、船内巡視の当番を増やすだけです!!
「きゅう~……」
観念したのか、吹雪を繰り出す。
夏とは言えまだまだ寒い北の空。おまけに、豊富すぎて霧にまでなっているこの水分!!さらに、ここで氷点下の吹雪が混ざると……。
カゲロウ号を中心に急激に冷え込み、周りの水分が凍って固まり……。そして、無数の粉雪が強烈な風に乗ってカゲロウ号に迫るボーマンダ達に突っ込んでいく。
「いっただきー!!」
夏なのに猛烈な吹雪状態で周りがホワイトアウトしてるけど、手応えありだ!!
目前まで来ていたボーマンダ達は、威力100倍(当社比)の吹雪に倒れたのか逃げ出したのかわからないけど、カゲロウ号にたどり着く者はいなかった。
「ひゃっほー!!ざまーみろ!!」
「……誰が、船体に付着した氷を落とすんだ?」
「……」
今の吹雪の影響でカゲロウ号は氷漬けになってしまった。氷の重たさと、冷えて水素ガスが浮力を失った事で船はまた降下を始めてしまった。
「ゲンゴロウ先生!!よろしくお願いします!!」
私はそう叫ぶと、梯子を滑り降りて操舵室まで逃げた。
7.針の音
吹雪でボーマンダ達を追い払ってから二時間が過ぎた。
あの後、重くなった船体を軽くするためにバラスト水を放出し。総出で船体に付着した氷をはたき落として何とか浮力を取り戻した。
現在高度1200m。
「浮力が勝ってきたなあ……。ガスを放出するか……」
「船長?良いんですか?」
氷を落とす作業から戻ってきたユウジは私に質問しつつも、防寒着についた氷を落としながらヘレナから指揮を受け取る。
「また、霧の上に出てテラ・ミラージュ号が『こんにちは!!』とかしてきたら嫌だしな」
「どうなんですかね?この二時間音沙汰なしですけどね」
ユウジは水素ガスのバルブを開放しながら、もう逃げ切れたんじゃないか?と言う顔で聞いてくる。
正直、逃げ切れたんじゃないか?と言う考えと、上で待ち構えているんじゃないか?と言う考えがせめぎあっている。緊張感が操舵室を占めていて、いつもなら無駄に交わされる無駄口も起こらない。
チッチッチ……。
クロノメーターの秒針の音と、操舵室後部の5番エンジンの動く低く鈍い音だけが響いている。さてと、どうしたものかね?
「まだ、追ってくるんですかね?」
「ん~、そう簡単に逃がしてくれないんじゃない?だって、金塊だしね~」
霧で窓の外を見ても何もないけど、外を見ながらぼそぼそと短い会話が交わされる。
テラ・ミラージュ号の狙いは金塊。
カゲロウ号は何回か奴らの掌から逃げ出せた。
ただ、奴らの腕の届く範囲からは出られてない。
しつこいくらいに腕を伸ばして掌に収めようとする。
そうすると、まだカゲロウ号を求めて腕を伸ばしている?
問題は、どうやって霧の中に隠れたカゲロウ号を探し出すか?
さっきのは、霧払いをやっているうちに見つけたのか?
伝説の強盗団ともあろうものが、そんな数打つ鉄砲をするわきゃないな。
とすると、奴らはカゲロウ号の位置を把握する事ができる何か方法がある。
レーダーは相変わらずのノイズ。
全周波数帯でノイズが出てるから、テラ・ミラージュ号もレーダーを使えないのは同じ。
うーん?
チッチッチ……。人を焦らずように、クロノメーターの秒針を刻む音が聞こえる。後は相変わらず、5番エンジンは単調にブーンという音を立てている。
「そうか……。音か……」
「音?ですか、船長?」
「そう。エンジン音を聞きつけて追ってきているんじゃないかと思うんだけんど?」
「確かにエンジン音はこの上なく良い目印ですけど、相手もこれと同じ音を響かせているんですよ?自分の所のが五月蝿くて相手のなんか聞こえたもんじゃないと思うんですが?」
まあ、ユウジの言うことにも一理あるけど。多分、エンジン音だ。
「ユウジ、今すぐローズに乗って霧の上限まで行きな!!23分後の15時ジャストにカゲロウ号を真南に変針させて、その5分後に西南西に再度進路を変えるから、テラ・ミラージュ号が後をついてきたら多分エンジン音を追ってると見て違いない」
「了解しました。見てきます……」
半信半疑な様子でユウジは回復の済んだローズのモンスターボールを手に、操舵室のハッチから飛び降りた。
「ユウジ、見張所でワイヤー受け取っていけよ!!」
ハッチから大声で霧に消えていくユウジに叫ぶ。
「勿論です!!」
霧の中から返事が返ってくる。
霧や雲の中で船外活動するときは、必ず船に帰ってこれるようにワイヤーをベルトに付けていかないといけない。まあ、装着し忘れたらお互いに迷子で多分状況によっては一生再会は出来なくなってしまう。無線が使えれば三角法で場所を求められるけど、今はほとんど無線が役に立たない。忌々しいノイズだ……。
クロノメーターの秒針が23周して南へ進路変更。
その5分後に西南西に進路変更。
そして、ちょっとしたらユウジが無事帰ってきた。
「どうだった~?」
「霧の上に顔を出したら真上にテラ・ミラージュ号がいて吃驚しましたよ。その後は、船長の予定通りに進路を合わせてくっついてきました」
「て事は、エンジン音が怪しいな……」
私は、そう呟いて伝声管を掴むと後部ゴンドラにいるゲンゴロウを呼び出した。
「なんだユカリ?」
「爺さん、全エンジン停止だ!!冷凍庫にはマルマイン達をつないで電源にしてくれ!!」
「エンジン停止だって?」
「ぐずぐずしない!!上の連中はエンジン音頼りにうちら追ってるみたいなんだよ!!」
どこまでも手間のかかる連中だ!!どこかで出会ったら張り倒してやる!!etc.悪態をつきながらゲンゴロウはエンジンを切り、冷凍庫に向かっていったようだ。
さて、音源がなくなりましたよ?上の皆さんどうします?
カゲロウ号は推力を失って東南東の微風にゆっくりと流され始めた。我慢比べの始まりだなこりゃ。
8.船内巡視
エンジンを止めて1時間。エンジンを止めたので発電も止まったわけで、船内の電気は消えてしまった。操船用の機械は予備バッテリーを使っているから、操舵室のモニターなどは生きていて照明の代わりになっている。
まあ、窓のある場所では白夜で明るいから真っ暗と感じないけど。
する事もなくなったんで、手空きの乗員とポケモンは交代で休みを取ろうという事になって、私は船長室に引き上げてきた。
「あー、疲れた……」
『おつー』
ベットに倒れこむ私に対して、ハルは涼しげな顔で多分こう言っている。
「あんがと……」
寝っ転がってみると疲れていたり、喉が渇いていたりとかしていたという事に気がつく。結構、緊張していたようだ。
「エビス~、ビール~!!」
プシュという音ともにビールの缶が差し出される。遠慮なく受け取ると胃に一気に流し込む。炭酸の泡が喉を通り抜けていく。ただ、電気が止まったせいで部屋の冷蔵庫も止まってしまって、温度が少しぬるいのが少し残念だなあ。
「さてと、この後はどうするかなあ」
ひとまずは風に流されているわけだけど、この程度の風では一昼夜かけても大した距離をすすめない。テラ・ミラージュ号が頭の上にいるという状況は変わらないわけだから、距離を稼ぐ方法か連中を叩き落とすくらいの事をしないと逃げきれない。
「さてと、どうしますかね……」
ビールの残りを胃に流し込む。
ここで、寝てしまってもいいけども……。やることが……、まぶたが勝手に……。
あーあ……。ビールなんて飲むからだよ……。馬鹿だね。
わたしは、ビールの間を握りしめたまま眠ってしまったユカリに一瞥くれてやって船長室を出る。エビスが毛布をかけているのが見えたけど、馬鹿は風邪ひかないんじゃないかな?
さてと、ずっと空中戦が続いているからわたしは暇なんだよね。
特にすることもなく、邪魔にならないように船長室で外の景色見てました。でも、見てるだけっていうのはなんとも落ち着かないもんだけどね。だからじゃないけど、ちょっと船内でも見てくるかな。
さてさて、まずは船尾の5番気嚢でも見てこようかな。途中、水素濃度をチェックするけど正常値。船内に水素が広がってはないみたい。
縱通通路を船尾に向かっていく。途中で冷凍庫の電源にされてしまったマルマインのカマンベールとチェダーが、額に汗して発電していた。2匹にはローズが付きっきりで、エネルギーになりそうなものを口に押し込んでいる。でも、レモンを食べ物に加えたのは誰だろう?レモン電池じゃないんだから……。すっぱそう……。
5番気嚢のところまで来ると、アルバートとオオタチのアネゴが応急処置をした5番気嚢の本格的な補修をしていた。
「おつかれー」
「あっ!!ハル!!ちょうど良い所に来た、水素計見ていて!!」
「ん~」
アネゴに仕事を頼まれてしまった……。アネゴとアルバートは器用にフレームの間を行き来して、萎んでしまった5番気嚢の裂け目に当て布をして接着剤で貼り付けている。
「アルバート!!さっき塞いだんじゃなかったの?」
今更塞ぎ直しているんで、ちょっとした疑問をぶつけてみる。確かゲンゴロウが応急処置で塞いだはずだけど?
「ああ、めっちゃ適当に塞いで。それでも漏れている所は、ホテイがバリアーで塞いでたんだ。ホテイが休憩入るんで、慌てて残りの裂け目も塞いでる所。まあ、ひどい所はないからガス漏れというほどガスは抜けてないけどね」
「なるほどね。それで、水素計を見張るポケモンが欲しかったのね……」
「休憩中にごめんね!!」
アネゴがフレームからぶら下がりながら謝ってくる。
「いいって、わたしは大したことしてなかったし」
しばらく、ここで汗を流すとするかな?それにしても、こんなにもガスを放出してしまって大丈夫なの?船尾から船首までの気嚢がしぼみかけの風船みたいになっていて、浮いているのが不思議なくらいなんだよね……。
9.低く静かに潜行せよ
いくら白夜の季節とはいえ、陽が低くなると気温も幾分下がってくる。
「船長。高度が下がりつつあります」
2時間ほど仮眠して操舵室に戻るとユウジから報告が。気温が下がったせいで、各気嚢のガスも萎んでしまって浮力が落ちてきた。
「推定で流された距離は5km。上空の視界は至って良好ということを考えると、ここで下手に浮き上がるの得策じゃないなあ……。水面ギリギリまで粘るか……」
「気圧は安定しているんで、海水面は凪いだ状態だと思います」
「じゃ、ギリギリまで高度落ちたら、海水を汲んで電気分解で水素ガスを補充する方針で」
「了解です」
ユウジがさっと降下速度を計算して海水面に達する時間を割り出す。
「それじゃあ、航海長!!指揮操舵を引き継ぎます!!」
「了解です船長!!よろしく!!お願いします!!」
ひとまず休憩が取れるから、幾分船内の軽口も復活してきた。ただ、上で張ってるテラ・ミラージュ号の視界から逃げるためには、なんらかの策を考えねばならないのは変わらないんだなあ。
いつも操舵を担当するカイリキーのチーフとヤコブ、キヨスケの3匹はともに休憩中なので、操舵はポリゴン2のイマジナリが電子制御で行っている。まあ、なんで特にすることはないから船長席で海図と航路図、推定の天気図を照らし合わせてあれこれと考える。
「無線が使えれば天気図がはっきりわかって、風に乗って速度上げられるんだけどな……。エンジンも止まってるから揚力も得られないし。落ちる一方だな……。亀の歩みだし。そもそも、外が霧で何も見えなくて動いている気がまるでしない……」
『船長。“瓶子”です』
「じ、じ~……。“ジャック・ター”」
『“卵酒”』
「け?“ケイブルグラム”」
『“ムーンライト・クーラー”』
「ら~!?」
考えても仕方ないので、片手間にイマジナリとしりとりをしている。……、よくよく考えるとAIにしりとりで挑むって無茶があったかもしれない……。
「“ライチ・ソーダ”」
しかも、何故かお酒縛りになってきている。
『“ダイキ……”。申し訳ございません船長。一時中断です。前方600メートル、高度3500メートルで一瞬レーダーに反応がありました。現在はノイズが入って詳細は不明です』
「ほかに情報は?」
『いい情報と悪い情報がありますが?』
「いい方から……」
『反応がノイズに端を発するものの可能性が70%と言うことです。悪い方は、一時的にしろ正常作動したのなら、対象物のサイズとして考えるにテラ・ミラージュ号です』
「そりゃどうも……」
前を取られたのか?偶然か?ま・じ・で、心臓に悪い船だ……。
さらに3時間後の21時。
「ユカリ~、お疲れ~」
操舵室にヘレナが降りてきた。
「あいよ、お疲れ様」
あの後、特に反応もなく相変わらずのノイズがずっとレーダー画面上に現れるだけ……。上で見張りに立つタロウからも、異常なしの報告が続いた。
「状況報告。現在高度850m、速度は推定2.5ノットで東南東に流されている模様」
一通りヘレナが報告する。
「船長、指揮操舵を引き継ぎます」
「了解、甲板長」
「と、いうわけで~。何か思いついた?」
「いや~……。まだ連中の手のひらの中っぽいしなあ……」
正直、こっちから相手の位置を確かめようがないから手詰まり感はあるんだよね。連中も同じだといいんだけど、どうにも連中はうちらの位置を把握してるんじゃないかって気がしてならない。なんだろう、高性能集音器とかでも装備してんだろうか?
でも、みんな軽口をたたいたとしても、それで笑い転げたとしても小声は保ってるし。そもそも大きな音を立てるものは動かしてないんだけどなあ……。
「盗聴器でもあったりして~?」
「いや~、そうだったらかなり恥ずかしい……」
「た……、確かに」
この船内のくだらない会話が筒抜けだとしたら、それはそれで恥ずかしい……。まあでも、盗聴器があったとしてもこのノイズじゃあ盗聴した内容を転送するのも難しいだろう。別の方法なんだろうけどなあ。
「船長!!前方に気球みたいなもんが……」
しばらくヘレナとあれこれ考えていると、上で見張りをしているジョンが変なことを言ってきた。
「ジョン?休みたいのはわかるけどね、もうチョイなんかないの?」
この視界の悪い中、気球と遭遇するわきゃない。
「いや、でも。船長、ちょうど進路上にいいタイミングで舞い降りてきたんですけど?」
「ん~?」
操舵室のハッチを開けて身を乗り出す。うすらぼんやりとしている視界の中に、赤く塗られた観測用気球が降りてきていた……。
『“健闘を評する。無駄な足掻きをやめよ”発光信号です』
気球の下に点滅するライトがあったのをイマジナリがすかさず翻訳してくれた。
「位置、ばれてるわね~……」
「狙いすましたように、投下してきたのか?それとも、大量に投下した一部なのか?」
『この手のものを、確実に発見してもらうために大量投下した場合。計算では同時に複数個視界に入らなければならない計算になります』
イマジナリがモニターに計算結果を図入りで表示する。
まあ、ということは何のことはない、今までいろいろ努力したけど、連中の手のひらで休憩時間を与えてもらっていただけだったのか……。超~複雑な心境なんですけど!!
5分後ユウジとゲンゴロウが操舵室に現れて今後を協議し始めた。
赤い気球は、あのまま海面向かって静かに降下していき、その後次が現れることはなかった。
「一番の課題は、連中がどうやってこっちの位置を掴んでいるかですよね?」
ユウジがモニターに表示された飛行経路図を目で追いながら首をひねる。
「6時間前の実験が正しいなら音が手がかりだな!!」
「じいさん、声落として……。現在、電波と視界は完璧に使えない。となると、音が最有力だってのは、ゲンゴロウが言ったように前の実験から高確率で推測される」
「ん~でも、最初に遭遇した時に外観は全部カメラに抑えたけど~。こんな小声を拾えそうな高性能集音器なんか装備されている様子はないし~」
「実験で霧から顔だけ出していた時も、集音器を吊り下げるなどのことはしてなかったです」
ヘレナとユウジがそれぞれ所見をいう。
「じゃ、ポケモンじゃねえのか?耳のいいポケモンとかいるはずだろ!!」
「だな……。じいさん、なんか心当たりあるのか?」
「ねえよ。ただの勘だ」
感心して損した……。ま、ポケモンてのはありそうだな。
『音に敏感というので有名なポケモンは、ピクシーが挙げられます。遠く離れた針の音も聞き分けられるとか』
「なるほどね……」
イマジナリが先回りして検索してくれた結果を画面で確認して、一同でうなずく。だけど、相手がわかったってとこで手のひらの中に収まっているのは変わらない。根本的な打開策が必要なんだよなあ。
耳をふさぐには……。エンジン音を聞き分けるくらいの耳を持っているから、こっちが大きな音を立てても居場所を示しているだけだろうし……。耳だけ、いやピクシーを使い物にさせなくするには。
耳がいいわけだから、こっちの動静を掴もうとこっちの音に集中していて……。
うたう。若しくは、滅びの歌……。これなら、ピクシーを行動不能にできる。うちのメンツで、滅びの歌は覚えてる奴はいないけど、あいつはうたうを覚えている。
「よし、エビスに歌わせよう」
「はあ!?」
この場にいた一同に呆れられてしまった。
「確かにピクシーは寝るだろうがよ、俺らも寝ちまうじゃねえか!!」
「そうだよ~」
「うちには、眠らない奴がいる……。そして、ビンタできる!!」
「ホテイか……。痛いぞ……。良いのか?」
「ああ。なので、こう言う作戦でいく」
10.眼上の敵
「エンジン始動。バラスト水放出!!浮上だ」
「エンジン始動!!」
「バラスト放出!!」
ブーンという鈍い音が響き始めた。それと共に船体各所からバラスト水が放出され、軽くなったカゲロウ号は霧の上を目指して進み始めた。
「ホテイ。いいか?タイマーが0になったら、まず操舵室、続いて貨物庫、最期に後部ゴンドラの順でビンタだ!!」
操舵室で待機するホテイに事後の指示を出しておく。
「いい~。この後は音声回路を切断して、所定のプログラムに従って操船するの~。予定通りなら誰かしらがマニュアル操縦に切り替えるから、そうしたら今度はマルマイン達のところに向かうのよ~?」
『了解しました』
ヘレナもイマジナリに指示を出す。機械に接続しているので、眠る心配はないはずだけど念のために音声回路は切ることになった。
「ユウジ!!」
「貨物庫、準部完了です!!」
伝声管からも、各所準備よしの返事が。
深呼吸して……。
「んじゃ、いきますか?作戦開始!!」
目の前でマイクを握るエビスにゴーサインを出す。
酒の飲み過ぎで少し枯れた声だけど、それがどこか心地よくて。眠くなって……、目の前が真っ暗になった。
バッチーン!!
「痛って~な!!おいコルァ!!」
10分も寝ていたわけじゃないけど、心地よい睡眠から強烈なビンタで起こされるのは気分のいいもんじゃなかった……。ホテイは早くも操舵室を悲鳴の地獄に染め上げて、貨物庫に向かっていった。
「状況報告!!」
ひとまず、操舵をマニュアルに切り替えて舵輪に飛びつく。
「こふぉど、1400mぅ~……。ふぉくど、50ノットォ。もう少しで霧を抜ける」
上昇の加速がつきすぎている……船体にかなりの負荷がかかっているけど、今はそれどころじゃない。
「イテテ……。貨物庫準備よし」
貨物庫もお目覚めだ。
「上部見張所につきました……」
まだ眠たそうな、マイクの声が聞こえてきた。
「ぐっ、うぉおぉぉぉぉぉ!!」
後部ゴンドラからは雄叫びが聞こえてきた。多分、大丈夫だろう……。
あとは、テラ・ミラージュ号がこっちの予想通りの動きをしていてくれればいいんだけど。こればかりは賭けだ。
『連中。ピクシーが眠ってしまったら、体勢を立て直すために一度距離を取ろうとするはずだ。その時、一番いい逃走経路は霧の中に隠れること。なぜなら、こっちは連中を探す方法がない。が、連中はピクシーさえ復活すれば霧の中でもこっちの位置がわかる』
さっきの作戦会議の内容を反芻する。
『全力で水平方向に逃げるってのはねえのか?』
『そうしたら、水平線の彼方に隠れる前にこっちに見つかるからね。たとえ、足に自信があっても採用しないと思う』
『まあ、そうね~』
『もし、うちらに見つかったら、ボーマンダで襲っちまえばいいじゃねえか?』
『うーん、そうなったら終わりだけど、ここで逃げるって手はないと思うな。距離をとると、こっちが霧から浮上してこなかった場合。水平線の彼方まで逃げてしまうと、さすがのピクシーでも距離がありすぎてうちらを見失うだろうし』
『まあ、そうですね。こっちが見える位置に来るとは限らないから、なるたけ近い位置にいる可能性をとるだろうということですね』
『そゆこと。で、こちらは連中が霧に突入する前に全速力で浮上。テラ・ミラージュ号の上を取る。あとは、上からありとあらゆる攻撃を叩き込んで連中を最低でも行動不能にして。ずらかる』
『そんな急激な運動したら、船体が持ちませんよ?』
『いつまでも、こうしてはいられないでしょ?』
『それしか、ねえんじゃねーの?』
カゲロウ号は60度という急角度で霧の上に飛び出した。
「12番から16番の気嚢のガスを1から11番気嚢に再配分!!トリム調整急いで!!」
立っているのも難しい操舵室で、ジョンとヘレナがガス用の配管用バルブに取り付く。
「マイクです!!テラ・ミラージュ号とすれ違います!!」
マイクの報告の少しあと、慌てて急降下体勢に入るテラ・ミラージュ号が操舵室の視界にも入ってきた。どうやら、カゲロウ号が空中分解覚悟でこんなに急に浮上してくると思わなかったのか、自分たちの船に負担のない角度で降下していたらしい。
「よっしゃ!!ユウジ!!連中が視界に入ったら派手にやっちまいな!!」
「はい、船長!!」
船体が水平に戻ってきた。それと同時に、テラ・ミラージュ号がカゲロウ号の真下200メートルの位置についた。
操舵をジョンに代わって、操舵室のハッチを開けて下を覗く。
ちょうど、マルマイン4匹とマタドガスのガバチョがテラ・ミラージュ号めがけて落下していくところだった。そのあとには、ユウジの乗ったピジョットのジュン、イマジナリが続く。
テラ・ミラージュ号からは、ボーマンダに乗ったトレーナー達が舞い上がってきたけど今更遅いんだよ。最期に花火ショーを特等席で見学していってくれ……。
「さようなら。楽しかったよ……」
強烈な閃光が5つ。テラ・ミラージュ号を取り囲むように落ちていったマルマイン4匹にガバチョは、テラ・ミラージュ号の至近で大爆発を起こす。
テラ・ミラージュ号は爆発に飲み込まれ、搭載している燃料に引火したのか小爆発を繰り返す。どうやら浮遊ガスはヘリウムを使っているらしい。ヘリウムは贅沢品なんだぞ?盗賊風情が贅沢な……。
その間にユウジが、大爆発を起こして気を失った5匹をモンスターボールに戻す。
「そして、ラストは?」
燃え盛るテラ・ミラージュ号の船首にピタリとつけたイマジナリの破壊光線で仕上げ。
テラ・ミラージュ号は断末魔の悲鳴とも言える大爆発を起こして。
「跡形もなく……、消えた?」
大爆発を起こして飛散したとはいえ、がれきも煙も残さずテラ・ミラージュ号はかき消えてしまった。
11.エピローグ
その後、空中分解を防ぐための戦いを1日続けて、なんとかクチバへの帰路につけた。
「ユカリ~。管制官が言うには、この二日間カゲロウ号はレーダー上から消えていたっていうんだけど?」
「は?電波障害が出てたからそりゃそうだろ?」
「それが~、電波障害なんて起きてないっていうんだよね」
「??」
「ノルドフィッシャーマンを出てすぐにレーダー上から消失したって。それで、救助隊が探し回って半分諦めかけてたらしいよ」
「まじ?」
「まじ!!」
あの二日間はなんだったんだろうか?船がボロボロだから、夢じゃないのは確かだけど……。
『入電です。“健闘を祝す。壮健たれ”』